東京高等裁判所 平成11年(行ケ)57号 判決 1999年7月13日
原告
【A】
被告
特許庁長官 【B】
指定代理人
【C】
【D】
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が平成9年補正審判第50197号事件について平成11年1月14日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成4年10月8日名称を「取り出し穴あけ楊枝ケース」とする考案(本願考案)についてした実用新案登録出願(平成4年実用新案登録願第80571号)において、平成8年9月6日に手続補正をしたところ、平成9年9月22日に補正の却下の決定があったので、審判を請求したが(平成9年補正審判第50197号事件)、平成11年1月14日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月7日原告に送達された。
2 本願考案の登録請求の範囲の記載
【願書に最初に添付した明細書に記載のもの】
蓋の一部に、簡単に取り出し用の穴をあけられるようにした楊枝ケース。
【本件手続補正書に記載のもの】
楊枝ケースにおいて、
一、蓋の上辺部(上部の辺縁部)の楊枝と正対する位置にある取り出し用の穴(孔を含む)について、
<1>-1、既に穴のあいたもの、
<1>-2、<1>-1の穴を、シールやカバーなどで、簡易的に塞いだもの、
<2>、蓋によって穴を開閉できるもの、
<3>-1、製造、販売、購入時点では穴は閉じられているが、穴となる部分の周りを薄くしたりミシン目や破線などの切り取り補助線を設けて、穴をあけられるようにするもの、
<3>-2、<3>-1の穴において、切り取り線の一部を残すことによって簡易的に開閉できるもの、
<3>-3、<3>-1や<3>-2の穴において、穴をあけるためのつまみ部分を設けたものであり、
二、楊枝の自重、重力、摩擦、運動慣性、遠心力を利用して、揺動や振動によって楊枝を取り出すものであり、
三、楊枝ケース本体および蓋の内部構造および形状において、本体を横向きまたは斜めに傾けたとき、蓋の下方に位置した穴に正対する本体側面で、楊枝が自重によって安定した状態で穴に正対するものであり、
四、穴の周囲が、
<1> 楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるかまたは内接するもの、つまり面一であるもの、
<2> 蓋の側面の一部に及ぶもの、
五、穴の大きさが、二本の楊枝が楽に通る大きさ以上であるもの、であるもの。
3 審決の理由の要点
(1) 補正の却下の決定の理由は、次のとおりである。
補正された請求項1の「四、穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるか又は内接するもの、つまり面一であるもの、<2>蓋の側面の一部に及ぶもの、」の記載事項は、出願当初の明細書及び図面に記載がなく、出願時の技術常識を参酌しても、自明の事項でもない。
したがって、この補正は、明細書の要旨を変更するものと認められ、実用新案法13条の規定によって準用する特許法53条1項の規定により、上記結論のとおり決定する。
(2) 審決の判断
そこで、以下これについて検討する。
まず、願書に最初に添付された明細書又は図面には、穴の周囲に関連する記載が存するかどうかについて検討すると、
明細書【0003】欄には、「ケースの蓋に、図1のように穴をあけ易い部分を作っておく。」ことが記載されており、図1の蓋部分に破線により、穴部分Bの位置が示されている。
同じく【0004】欄には「穴をあけて、ケースを振るなり押せば、図2のように楊枝の頭部が穴から出てくるので、それを摘み出せばよい。」ことが記載されていて、図面2には楊枝ケースの穴部分Bから楊枝が出ている状態が示されている。
しかしながら、第1図、第2図は共に使用状態を示す斜視図であり、断面図ではないので、ケース本体の内側面と穴部分の関係は記載されておらず、また第1図、第2図を見ても穴部分Bは蓋の上面に形成されていることが示されているのみであり、穴の周囲が「楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるか又は内接する」、つまり「面一である」こと、また穴の周囲が「蓋の側面の一部に及ぶ」ことが具体的に記載されている箇所は見いだすことはできない。
なお、原告は、請求の理由において「図面で【図1】において、「B穴部分」の表示位置・・・(中略)・・・平行に描いてあります。」と主張している。
しかしながら、願書に最初に添付した図面(以下「出願当初図面」という。本判決別紙出願当初図面参照)の【図1】において、穴部分は蓋部上面のみに記載されていることは明らかであり側面には何ら穴部分の記載はない。
また、楊枝は容器及び蓋の側面(正しくは内側の側面)に対して平行に描いてあるからと主張しても、穴部分と楊枝ケース内面との関係(蓋と容器の係合関係、容器の肉厚)が記載されていない(断面図がない)上、穴部分の周囲と楊枝が接触しているか否かはこれら出願当初図面では不明瞭であり、穴の周囲が楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるか又は内接するもの、つまり面一であるものが記載されているとは認められない。
一般に、実用新案登録出願の図面の記載は設計図面と異なり図面作成上簡単化したり誇張したりするのが常であり、具体的な技術的意義についての記載が明細書にない以上、図面上に偶発的にそのように見える記載があるからといって、具体的構成が記載されているとはいえないので、原告の主張は認められない。
結局、補正後の請求項1における「穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるか又は内接するもの、つまり面一であるもの、<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」は願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されておらず、かつ、同明細書又は図面の記載から自明のこととも認められないから、平成8年9月6日付けでした手続補正は明細書の要旨を変更するものである。
したがって、本件手続補正は実用新案法13条の規定で準用する特許法53条1項の規定により却下すべきとした補正の却下の決定は妥当である。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は、補正後の請求項1における「穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるか又は内接するもの、つまり面一であるもの、<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」は願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されておらず、かつ、同明細書又は図面の記載から自明のこととも認められない、としたが、以下に述べるとおりの理由により誤りであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決は取り消されるべきである。
出願当初図面の第2図において、楊枝と穴の接点を黒く凹ませて描くことで、穴が側面にも及ぶ(及んでもよい)ことを表してある。すなわち、同図面で、穴部分を大きくかつまた切欠きを描くことにより、側面にも穴が及ぶ(及んでもよい)ことを表現してある。
審決は、「第1図、第2図は共に使用状態を示す斜視図であり、断面図ではないので、ケース本体の内側面と穴部分の関係は記載されておらず」とするが、楊枝ケースの肉厚は、常識的に、数ミリ以下、別の言い方をすれば1ミリ前後である。それゆえ、殊更に断面図で示さずとも、楊枝の太さとの対比からも一目瞭然である。また、側面図又は斜視図に描かれた「楊枝ケース内側の側面に密接して平行な楊枝の状態」を見れば、十分に理解が可能である。「蓋と容器の係合関係」についても同様に、常識的な見方及び見解で、図面からの読取りが可能である。
原告は、「人間の手」を加えて「使用状態」を描くことによって、さらに技術的思想内容の理解の助けになると考え、本件手続補正において図面の補正を行ったものである。つまり、「穴と蓋との関係」と「楊枝がケース側面に密接し平行」であることは、最初から一貫している。出願当初図面で、穴部分を大きくかつまた切欠きを描くことにより、側面にも穴が及ぶ(及んでもよい)ことを表現してある。
発明展への出品作(各種試作品)の一つに設けた穴は、側面にも及んでおり、出願以前の原告の考案技術であったことは事実である。
第4 審決取消事由に対する被告の主張
原告指摘の審決の認定は正当であり、審決取消事由は理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 乙第1号証(本件願書)によれば、願書に添付した明細書の考案の詳細な説明の【0003】欄に、「ケースの蓋に、図1のように穴をあけ易い部分を作っておく。」と記載されており、出願当初図面の図1の蓋部分に、破線によって穴部分Bの位置が示されていること、同明細書の【0004】欄には「穴をあけて、ケースを振るなり押せば、図2のように楊枝の頭部が穴から出てくるので、それを摘み出せばよい。」と記載されていて、出願当初図面の図2には楊枝ケースAの穴部分Bから楊枝Cが出ている状態が示されていることが認められる(別紙出願当初図面参照)が、本件手続補正後の請求項1にある「穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるかまたは内接するもの、つまり面一であるもの、<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」との構成については、同明細書にそのままの表現では記載されていないことが認められる。
2 まず、乙第1号証によれば、出願当初図面の図1の穴部分Bと蓋の輪郭外周円の部分は、点線で描かれた穴部分の輪郭外周線が蓋の輪郭外周円の実線と重なるか、図面上接して描かれているものと認められる。そして、本件手続補正後の登録請求の範囲の記載中、「穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるかまたは内接するもの、つまり面一である」との構成は、必ずしも幾何学的に厳密な意味で定義したものと解するのは相当でないので、出願当初図面の上記記載からすると、この構成が、出願当初の明細書及び図面に記載されていなかったとするのは相当でない。
3 次に、穴の周囲が「<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」との補正後の請求項の記載についてみるに、乙第1号証によれば、出願当初図面には、図2において、穴部分Bと蓋の輪郭外周円の部分とが接している部分は隠れた状態として描かれていて、穴が側面に及んでいることまで記載したものではないことが認められる。
原告は、出願当初図面の図2において、楊枝と穴の接点を黒く凹ませて描くことで、穴が側面にも及ぶ(及んでもよい)ことを表してある、と主張するが、乙第1号証によれば、出願当初図面の図2の穴の下端に見られる黒い部分は、作図した際のインキの滲み又は楊枝の頭部を黒く描いたものと認められるのであり、穴を凹ませて描いているとも、あるいは穴が側面に及んで描かれているとも認めることはできない。
原告は、出願当初図面で穴部分を大きくかつまた切欠きを描くことにより、側面にも穴が及ぶ(及んでもよい)ことを表現してある、と主張するが、乙第1号証によれば、出願当初図面の図2に描かれたケースの大きさや飛び出した楊枝の太さから見て、穴部分が大きく描かれているともいえず、仮に、穴部分が大きく描かれているとしても、前示のように、穴部分Bの輪郭外周線と蓋の輪郭外周円が接していると解されるにとどまり、穴が側面に及んでいることを認めることはできない。また、乙第1号証によれば、出願当初図面の図1の穴部分にも切欠きは認められず、むしろ、図1を見れば描かれている穴はその形状からして円形を描いていると想起され、図2が使用状態を示すものである以上、図2の穴も円形と解することが自然である。そして、2つの円が接している場合はその部分は点となるから、幅(面積)がないので側面に及んでいると認めることもできない。
その他、穴の周囲が「<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」との補正後の請求項の記載が、出願当初の明細書又は図面に記載があったとすべき記載は、乙第1号証の本件願書にはないものと認められる。
原告は、発明展への出品作について主張し、また、準備書面における原告の主張の中には、本件手続補正書に添付の図3と図4をもって、審決取消事由の裏付けとする部分があるが、出願当初の明細書又は図面に基づくものではないから(甲第7号証によれば、図3と図4は、平成8年6月21日の手続補正書によって追加された図面であることが認められる。)、この主張は採用できない。
4 したがって、審決が、補正後の請求項1における「穴の周囲が、<1>楊枝ケース本体の内側面を含む平面と同一平面上にあるかまたは内接するもの、つまり面一であるもの、<2>蓋の側面の一部に及ぶもの」は願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されておらず、かつ、同明細書又は図面の記載から自明のこととも認められない、としたもののうち、少なくとも<2>についての部分は正当であり、本件手続補正は、実用新案法13条の規定で準用する特許法53条1項の規定により却下すべきものとした審決の結論に誤りはなく、原告主張の審決取消事由は理由がない。
第6 結論
よって、原告の請求を棄却すべきである。
(平成11年6月8日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
<省略>